いつ終わるのかさっぱりわからない縁編み。
ほんと終わるのか? いつ終わんの? 果てしない! と20年くらい前なら狼狽したところだが(その頃は編み物やってなかったけれど)、今はそこまでうろたえない(少しはうろたえる)。
ものの大小に限った話ではないが、こういう時こそ長期目標と短期目標を決めてかかるのが吉だ。
長期目標と短期目標という考え方は、少なくともわたしは介護の勉強をするときまで知らなかった。もしかしたら新卒社会人が入社時研修で教わるのかもしれないけれど、わたしは大学卒業時点で失業者になるしかなかった就職氷河期世代なのでそういう機会は皆無。だからこれが一般的に知られていることなのかどうかすら知らない。
介護計画(ケアプラン)をたてる際は、まず介護をうける人の長期目標と短期目標を考える。簡単に云うと、長期目標は「最終的にどうなっていたいか」。短期目標は、長期目標を達成するまでの過程を小分けにし、小さな課題をクリアすること。……という理解で合っているはず。たぶん。
要するに、いっぺんに最終目標にたどり着くのは大変なので、その途中に小さなゴールをいくつか設けて少しずつ目標に近づいていこう、ということだ。まあこれは長期・短期目標と定義づけなくても無意識的にやっていることではあるのだが、ちょっと先が見えねえなというときにこの概念を思い出すと多少冷静になれる。少なくとも自分は、だが。
なのでブランケットの果てしない縁編みは、まずは角まで、が短期目標……なのだがひとつひとつの角までが長くて……まあいいや。
とにかく角がどれだけはるか彼方にあろうとも、角まで編むのを何度かやれば完成だ。よしよし。見通しがついたぞ(これで?)。
で、こうなると次は何を編もうかなという話になるのだが、とりあえずは最後にいつ編んだのかがぜんぜん思い出せないポンチョ風プルオーバーだな。
見た目がコロッケみたいだが軽くて感じのいい糸なので(ただしとっくに廃番)いずれ完成したら着るのが楽しみだ。
ただし、ひたすらにメリヤス編みという難易度の高い代物である。目の増減もほとんどない。自分にとっては「この退屈さにどうすれば耐えられるか」という意味でめちゃくちゃ難しい。やたらと複雑で技術的にも難しい方が(悪態をつきまくるだろうが)ずっと楽。
そういう意味では、既成服を型紙代わりに編むポロシャツは退屈しないだろう。目数を考えるところから自力。着るものなんて4枚しか編んだことがないのに。
そんな無謀なポロシャツは、毛糸を調達してブランケットの合間にゲージをとるつもりでいたのに未だ手つかず。始める前からもう放置。いや、これけっこう急がなきゃなんないんだけどな? そういう意味ではプルオーバーより優先すべきだったりするのだが……
あとは靴下。2月に編んだきりだ。
ソックヤーンの消費がだいぶ進んだので安心しているけれど、できればもう少し減らしたいし、だいぶ間をあけたので以前のように編めるか自信がない。なので、いっぺん編んでみた方がいいような気がしている。
レース編みに関しては特に目標があるわけではないので気が向いたらやればいい。本も編み図も糸もだいぶ溜まっているが、いつか編むので焦らなくていいや。
ただ、小さいモチーフつなぎだと判明して愕然としたフェリシモのトルコタイルレース編みキットふたつをさっさと片づけたくもある。
面白みのないモチーフをつなぐのがちっとも楽しくないので、モチーフを続けて編めるようなんとか工夫したいと考えているのだ。デザインが気に入っているわけでもないのに、なぜそこまでするのか?という疑問は自分にもある。だが「ここをこうすれば糸を切る必要なくね?」と気づいてしまったので、その推測が正しいのかどうか試したいがために……自分は何をやっているんだろうな。
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