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引っ張り加減

 わたしは「継続する」ということがとにかく苦手だ。無意識のうちに継続していることはたくさんあるのでまるっきり駄目というわけではないのだろうが、意識して「続ける」ということが難しい。
 何年か前にハビットトラッカーとかいう、たとえば毎日やると決めた何かをやったらカレンダーにマルをつける、というのをもっと洒落た方法でやることが流行したことがあった。うちにもそういう用途で売られていた付箋がある。
 しかしわたしはこの付箋を「いつ植木に液肥をやったか」などの記録として使っていた。液肥を与えた日を記録しておけば、次にやるタイミングがわかるから。そんなのは手帳やカレンダーに書いておけば済む話だが、特定の用途にのみ限定した小さなカレンダーがあれば記録がごちゃごちゃすることがなく視認性が上がると考えたのだ。

 もちろん、いつの間にかこの付箋を使って記録することはなくなっていた。そもそもうちの植木は肥料をやらなくてもなんだか元気だし、毎日眺めているのだから変化に気づきやすい。様子を見ながら対応していけばそれで足りる。仕事で納期や定期作業の管理をきっちりかっちりやっているのと大違いだな。

 そもそも管理があほらしいというか……体感とか記憶だけでは管理できないことというのは、なんかおかしいってことなんじゃないか、とうっすら思う。
 おなかの空き具合で食事の量を変えるように、基本的には感覚を頼りにやっていけばいいんじゃないのか。もちろん、「おなか減ってないけど朝も昼もそうやって食事を減らしたから、夜くらいはしっかり食べよう」みたいな管理はあるが、それだって別に記録をとっているわけじゃなく、記憶に基づいてのことだ。
 もし食事をきちんと記録して管理するとすれば、体調不良が長く続いているとか、食事内容が影響している病気があるとか、そういう場合だ。つまり、必要があれぱ記録して管理する。でもそうじゃなければ記録も管理も不要。

 なのになぜ、編んだものや糸をRavelryに記録してしまうのか……

 正直なところめんどくさい。めんどくさいが、つい記録してしまう。ノートに記録するつもりでいたのにそっちはおろそかになっている。
 たぶん、今まで編んだものや在庫の糸を画面で一覧できるのが楽なのだろう。あと、ずらっと並んだ作品画像を眺めて悦に入る、みたいなのもあるに違いない。作品の写真を印刷してノートに貼るより手軽にできるし。
 
 今回のドイリーは、最小サイズのものは大きいデザインの中心部分だけ、中くらいのサイズは大きいデザインの途中まで、だと思っていたがぜんぜん違った。すべて違うデザインだった。
 ……いちばん小さいサイズを間違えたのは問題だが(頂点がひとつ足りない)、どれも小さくなりすぎたのもまずかった。作り方説明にはくさり編みの大きさの目安が載っており、それに合わせた手加減ですべて編んでみたのだが。長編みの高さが足りなかったのだろうか?
 小さくなりすぎたものをピン打ちの際に指定サイズに合わせた結果、引っ張られすぎてお手本とかなり違う仕上がりに。別にデザインに惹かれて編んだわけではないのでこれでもいいのだが、今後、デザインが気に入ったものをピン打ちする際は模様がお手本通りに見えるよう加減して引っ張らなければ、と思う。



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