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果てしない縁編み

 引き抜き編みが大変しんどかったということは先日書いた通りで、まるで準備運動だけで疲れた感がある。距離や目数なんて数えなきゃよかった。いや、数えなくてもしんどいか。

 そんなだから当然、いざ縁編みを始めても果てしない。とにかく果てしない。いくら編んでも角ははるか彼方。最初に長方形の下辺、つまり短い方の辺を編んだが、短いったってかなりの長さだ。
 ようやっと角までたどり着いて、角の部分でちょっと試行錯誤して、それからこの先は長辺である。
 やけくそで書くが長辺は2m12cmだ。何そのNBAの選手の身長みたいな数字。

 アフガン編みは行って戻って1段になる仕様だ。だから余計に進みが遅いように感じてしまうのだが、この縁編み無事に1周編めたら棒針編みやかぎ針編みで大きなものを編んでも「もうここまで進んだの?」と錯覚できそうな気がする。
 たとえば、1号棒針でポロシャツを編んでも進みが早く感じるかもしれない。
 あるいは、金票40番で直径50cmのドイリーを編んでも……いやレース編みは別次元の話だな。

 ところで先月の終わりからベッド上ではなく床に広げて写真を撮っているが、たまにあちこちにモノが散乱することはあるとはいえ、基本的に床はいつでもブランケットを広げられるくらいの状態に保たれている。
 生きているだけで散らかってしまう自分にしては、たった2週間程度でもこの状態が維持できているのは奇跡のように思える。いや、昔はもうちょっと整理整頓された状態を長く維持できたと思うのだが、ここ何年かはそういう能力が低下の一途だったのだ。

 自分にとっては過去最大の大物であるブランケットを広げてみたら心躍ったので、そのおかげでブランケットを広げられる環境を維持する気になっているのかもしれない、と思う。
 ならば他にも大きなものを編んで、広げる楽しさを維持できるようにすれば片づける癖が定着するだろうか?
 たとえば、起きたら床にブランケットを広げて日中はその上で過ごし、寝るときになったらたたむ、ということをやれば嫌でもブランケットの上に何かを置いたままにできなくなる。何かを置きっぱなしにしたとしても、片づけなければたためない。たたまなければ寝られない。

 ……こんなので効果があるのか疑わしいな。でもこういう下らないことを真面目に考えてしまうくらい散らかし癖に苦悩している。
 いっそ汚部屋と呼ばれるにふさわしいレベルの乱雑さが苦にならない感覚になれれば楽なのだろうが、床がまったく見えないことを想像するだけでもう耐えられなくなってしまう。だからどうにかして片づける癖をつけなければ、と思う。



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