編集

自分なりの楽しみ方

 ずっと気になっている手芸本、というのが何冊かある。そのうちのひとつを遂に買った。
 わたしは「おもしろい」「珍しい」というものに惹かれがちだ。が、この本のことを知ってから1年か2年くらい迷っていた。「ワンダークロッシェ」と銘打っているくらいだから珍しい編み方が載っているのだろうが、「なるほどそうか」でおしまいになるんじゃないかと思ったのだ。

 自慢じゃないが自分は応用がきかないというか発想力が乏しいうえに忍耐力は皆無だ。ゆえに、たとえ物珍しい編み方を見てもそれを何かに活かすような発想ができないし、もし何かを思いついても、それを実際に編むために目数や段数を合わせなければならないとなると面倒になってやめてしまう。模様が何目何段だから作り目が幾つ必要で段数は、とかなんとか、めんどくさいことを考えるのがめんどくさい。
 理屈としては表の構成や関数の組み合わせやマクロのコードを考えるのと同じなのだが、どうも編み物でそういう頭をひねってどうにかするという努力がなかなかできない。何が何でもこれを編んで使いたい、という猛烈な物欲にかられない限りは。

 そんな自分が遂にこの本を買った。なぜか。

 おそらくまたもやドイリーの影響だ。あの「使い道なんてまったくないけれどただこの編み目の妙な組み合わせでおもしろい模様を編みたい」という、おもしろいことをやりたいという欲望である。
 そういう欲望は編み物に限った話ではないし、編み物も元はといえば実用性があるものを編みたいというのが動機だ。しかし、ドイリーがすべてをひっくり返して「なんの役にも立たなかろうと編むのが楽しけりゃそれでいいじゃん」と開き直って正当化。なので「なるほどそうか」で終わっちゃう代物も正当化されるというわけだ。

 ちなみにこの本にはバヴァリアンクロッシェも載っているのだが、それはオンライン講座で学ぶので飛ばして、さて何から編んでみよう。
 このへんが何やらおもしろそうだ。四角いドイリーのノリで編んでみるか。

 編む前から、編み地の写真を眺めてたぶんこうか?と想像して、それから編み図を見て「あっそうやんのか」とか「なるほどこうすりゃこうなるのか」などと楽しんでいる。Instagramで見かけたドイリーでも似たようなことをちょいちょいやるのだが、これは本なので答えが載っているから尚更楽しい。クイズ番組を見ながら答えを考えているおっさんみたいだが。

 こういう楽しみ方をしているなら模様集にも興味を持ちそうなものだが、どうもそちらには関心がわかない。模様集のいろんな編み地を見ていても、わりとすぐにもういいやとなってしまうのだ。「なるほどそうか」の前に「ふーん」で終わってしまう。
 何が違うんだろうな?



新しい投稿はありません 前の投稿