さんざんドイリーの色遣いで悩んだが、もう完成したので今更だ。しっくりくる青が気になるけれどもういいや。天平文化のカラーリングで編みたくなってしまったから。
幸か不幸か、このドイリーはパターンにおかしなところはなかったものの、外周に近い方のピスタッシュの段(暗い黄色のところ)で整合性が崩れているのが気になった。
前段(赤)に編み付ける位置の間隔は規則的だが、その位置が、前段(赤)が前々段(青)とつながっている位置とバランスがとれていないのだ。実際、お手本画像もそうなっている(しかも前段が128目であるのに対し、ピスタッシュの段は5目おきにひとつの目に編み付けていくので、2目合わない)。
ぱっと見は問題ないけれど、曼荼羅というのは調和がとれているものではないのだろうか。このパターンは "Mandala" と銘打っているのだ。そこを無視してMandalaと称するのはどうかと思う。
とはいえ自分も曼荼羅についてはろくに知らない。わたしの少ない知識では、曼荼羅というのは仏教の宗教画で、中央に仏の坐像が描かれ、その周囲を囲むように円が連なっていて、更にその円のなかにも仏の絵図があるもの、という感じ。
このイメージにもとづくとこのドイリーは明らかに曼荼羅とは違う。仏の姿が一切ないのだから。他にも曼荼羅ドイリーと称しているものがあるが、見た限りではどれも仏はデザインから除外されている。
ではそもそも曼荼羅とは何か、と調べてみると日本仏教の世界では大別して4種類あるとのことで、そのうち「三味耶曼荼羅」というものが近いように思えた。他の3種は仏の姿が描かれているが、三味耶曼荼羅のみは仏を蓮華などシンボルに置き換えて描写しているというからだ。
が、それで調べて見つかった空海の曼荼羅は明らかにドイリーとは違った。
諸仏解説 : 三昧耶会 : 金剛界曼荼羅 : MANDALA DUALISM
大きい四角のなかに円があり、更にそのなかに円があり、そのなかにも円があり、円のなかにシンボルが描かれている。このうちひとつの円を編み図に落とし込むとしても、輪のつくり目をしてひと続きに編むのはとても無理なんじゃないかというデザインである。
唯一、右下の那羅延天(43番)のシンボルがドイリーのような模様だ(似たようなシンボルが他のところにもある)。あとはいちばん内側の四角形の四隅に描かれた花(火・水・地・風の神。38〜41番)くらい?
……もしかして、曼荼羅との共通点はないが「なんか曼荼羅っぽい」ということで(どのへんが曼荼羅っぽいのかさっぱりだが)適当に名前がついているのか、曼荼羅ドイリーと呼ばれるものは。
それともやはり、曼荼羅に含まれる何がしかの要素をデザインに取り入れているのだろうか?
わたしは宗教に縁のない人間だが、宗教や信仰にかかわるものは尊重するべきだと考えている。たとえば「ある宗教で神を象徴している模様を、玄関マット(=踏むもの)の模様として使わない」とかその程度のことだが。民族を象徴するものについても同様である。
そういう考えがあるがゆえに、このドイリーを "Mandala" という言葉で表現することに躊躇する。
とにかくわたしは仏教に関する知識が乏しいため、信仰者にとっての曼荼羅の重要性をわかっていない。だが本物の曼荼羅には仏の姿が描かれているのだから、決してどうでもいい代物ではないと思う。ただ、曼荼羅とは似ていない(あるいは部分的な図形を引用しているだけの)ドイリーを「曼荼羅ドイリー」と呼ぶことがどのくらい失礼であり、不快に感じられるのかがわからない。
わからないのであれば、迂闊なことはしない方がいい。だからこのドイリーは曼荼羅ドイリーとは呼ばないでおこう。たかがドイリーに対してずいぶん神経質になっているように見えるかもしれないが、異文化への無理解や礼を失した態度が激しい暴力となることが古代から現代までずっと続いていることを考えると、嫌でも考えずにいられないのだ。
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