毛布サイズのブランケットを編んだあとでは、服なんて大した大きさじゃないと感じるだろう。
といった意味のことをいつだか書いた気がする。
実際、ブランケットの上にポロシャツを置いてみたらこんなレベルで大きさが違った。
まあ、置くまでもなくわかっていたんだけれど、置いてみたらやっぱり「たったこれだけか」と思った。 もちろんアフガン編みのブランケットと棒針編みのポロシャツとではいろいろ異なる部分があるのだが、少なくとも自分はこの錯覚にうまく陥ることができているようで、ブランケットに使ったものよりずっと細い毛糸を0号棒針で編んでいても「なかなか進まねえな」という苛立ちは皆無。びっくりするくらいイライラしない。中細毛糸を5号棒針で編んだノースリーブのときに編んでも編んでも「これだけか……」と思っていたのが嘘のよう。
というわけで、ちびちび編んでいればいつの間にか縦10cmくらいになっていた。さすが棒針が爪楊枝レベルに細いだけあって、編み地は前回のゲージよりもしっかり目が詰まっている。ちょっとごわつく気もするが、まあ洗えば少しは柔らかくなるだろう。 ゲージをとるにはもう5〜10cmくらい編まねばならないが、編めばそのうち目標に到達するのはわかっている。
ちなみに今回は表目をノルウェー式、裏目を糸を持ってかけるアメリカ式で編んでいるが、表目も裏目と同様のやり方で編んでもいいかもしれないと思いつつある。表目をノルウェー式で編む理由は速さだけれど、予想より早くこのくらいの大きさになったので、ノルウェー式より遅いアメリカ式でも大したことはないような気がするのだ。アメリカ式の利点は手加減をコントロールしやすいことと確実性なので、ゲージを編みながらどうするのか考えるとしよう。
ここから余談。一時的にブログが閉鎖状態になったことについて。あといろいろ。無駄に長い。
一昨日の夜中にこんなメールが届いていた。
朝起きてびっくりした。「マルウェアおよび同様の悪質なコンテンツのポリシーに違反していると判明した」って……ブログを閲覧したらウイルスに感染するようなプログラムを書けるだけの技術はわたしにはない。いやHTMLもほとんどわかっていないのに、何を理由にプログラミング能力を過大評価されたのだろう? それともブログのテンプレートに何かが潜んでいるということだろうか。しかし、テンプレートを配布しているブログは閲覧回数もはるかに多いと思われるのだが、問題なく表示されている。
次に考えた可能性は自分の言動や思想信条だが、まあ、口が悪くて見苦しいので誰かが嫌がらせ的に通報したのかな、と思った。もし今が昭和18年なら特高にしょっぴかれる可能性は100%な頭の中味だけれどそのへんは表に出していないので、言葉が汚いとか書いていることが気にくわないとか、そういう理由で誰かに難癖つけられた、というのが妥当かなと。
正直、そのへんのことは頭にいつもあった。「基礎本ちっとも役に立たねえ」などと書いてもその程度の個人の意見は問題にならないと思うのだが、「なぜ役に立たないと思うのか」という理由をきちんと書いたうえで罵倒すると、それが気にくわないと感じる人はいるだろう。
思考回路が謎だがとにかくそういう人は存在する。かつて仕事で「消耗品が届いたので所定の場所に置いておきました。まだ在庫があったのでそちらから先に使いました」と連絡ノートに書いたら、その上に紙を貼って別の連絡事項を上書きされるという強烈な嫌がらせを受けたことがあるので、よくわからない理由で猛烈に腹を立てる人がいるのはわかる。あれは他の人も一様に「そこまでするか……」と呆然としていたな。別に誰も在庫があるのに消耗品を追加したことを咎めてなどいないのに。
と、メールひとつで朝からぐるぐると考えをめぐらせてしまったが、何か情報がないかと検索したところ「Bloggerではたまに一斉に謎のブログ削除が発生する」ということらしい。削除するかどうかは機械的に判断しているらしく、ほとんどは再審査請求をすればだいたい同日内に復旧するそうだ。実際、このブログも午前中に再審査請求(といってもリンクをクリックするだけ)をし、午後には再び見られるようになった。
なぜ削除したときのメールは日本語で、復旧した連絡は英語なのか謎だが。 それにしても焦ったのは、管理画面でも投稿内容を確認できなくなったことだった。
内容に疑義ありということになれば、被害などを拡大させないために他の人が閲覧できなくなるのはわかる。が、疑わしいブログを書いた本人のみがアクセスできる管理画面でも見られなくなってしまうと、何が問題なのかを確認することすらできないのだ。この容赦のなさはなんなのか。そこまでやるのに何度も大量の判定ミスをやらかすなんて、いったいGoogleのリスク管理はどうなっているのだろうか。
今のご時世、ユーザーからの信頼低下につながることには神経質になりそうなのに、ばかでかい企業は規模が大きすぎるあまり、パーセンテージの錯覚で思考停止しているんじゃなかろうか。Bloggerのユーザーは数十万〜数百万、もしかすると数千万人いるのかもしれないが、たとえば100万人中5,000人が不当な判定をくらったとしても、割合でいうと0.5%でしかない。人数でみればかなりのものなのに、パーセンテージに直すと誤差の範囲にしか見えない。いや、実数でみてももう麻痺しているのかもな。
こうなると他のブログサービスに移動を検討したくなる。が、それはそれでけっこう難しい。
わたしはAdGuardという広告ブロックソフトを使っている(リンク先はMac版だが、他のOS版もひととおりある)。

AdGuard 広告ブロッカー for Mac:広告をブロックし、プライバシーを保護
システム全体(ブラウザでもアプリでも)広告をブロック。AdGuard 広告ブロッカー for Mac で、より高速なブラウジング、強化されたプライバシー、マルウェア対策をお楽しみください。
試しに無料で使ってみたところ「これは使う価値がある」と思ったので、永久ライセンスを購入したのが数年前。MacとiPhoneとタブレットにインストールしているので(3台まで同時インストールできる)、何を見ても広告とは無縁というか、もはや「ネットに広告は付き物」ということを完全に忘れるレベルの生活になった。「InstagramやFacebookに広告は付き物」みたいな定義づけになっている。
そのため、ブログサービスにお馴染みの広告が以前よりもひどくなっている、ということは最近まで知らなかった。

『過ぎたるは猶及ばざるが如し』
所長の伊藤直孝です。 ◎お知らせ・ニッター募集に応募していただいた皆さんに、順次まずは基本の1作品を編んでいただくよう手配していますので、もう少しお待ちくだ…
そもそもブログを始めるにあたってBloggerを選んだ理由は「広告が表示されない」ということだった。AdGuardのおかげで自分には広告が見えないが、広告ブロッカーがない環境でも無駄なものは見えない方がいい。それに、自分のあずかり知らぬところでクソみたいな代物の広告が表示されていたら嫌だ。そんな理由。
他のブログサービスでは「ブログに表示される広告から得られる収入が、企業の収入源のうち大きな割合を占めるようになった」から、バカスカ広告が表示される事態になっているのだろう。
まあ……他に有償で提供できて収益の上がるサービスを生み出せないから広告に頼っている、ということなのだろうか。このへんは企業を少し気の毒に思うところで、なんだか気がついたら世の中なんでも「無料が当たり前」みたいな状況になっていて、価値あるものに金を払う人が激減しているのだろう。つまり、本来なら有償でしかるべきものにすら容易に値段をつけられない状況になっている、と。
たまたま自分は今よりもっと貧乏だった頃から既に、1冊7,000円の専門書にたとえば70,000円でも足りないくらいの価値を見出せるような人間だったので、価値あるものに対価を払うのは当たり前だと思っている。
健康保険料にしても、たとえば医療が3割負担つまり70%オフで受けられるなんて素晴らしい制度だと思っているので、それなりの保険料だが当然だと思っている。病気と無縁だったときだって、怪我を負ったり事故に遭う可能性を考えれば必要な保険だと感じていたし、そもそも健康保険は加入者が金を出しあうことで成立する相互扶助制度だ。下手に保険料を安くしたら、数十年後によぼよぼになったときに少ない年金では受診もできなくなるかもしれないし、それより前に親が自分の年金で病院にかかることができなくなったら、果たして自分はどのくらい支えられるのか。
そんな健康保険料ですら「安くしろ」という意見が当たり前の時代になってしまったので、営利企業が収益を上げるのは苦しいだろうなと思う。なぜネットサービスは無料で当然という事態になってしまったのだろう。
というわけで、金を払って広告を非表示にする価値のあるブログサービスはどこなのか検討しなければならないと思う。と同時に、与太話ばかりしているこのブログは一定の費用で維持するほどのものだろうか、という疑問もある。
そんなご大層なもんじゃないのが問題なんだよな……
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