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どうしたものか

 2007年頃にちょっとだけ編み物をしていたが、その少し前の2004年頃に服を縫っていた時期があった。縫い物が苦手だという意識はもちろんあったので、まあ、何かを作りたいという気分でいるところにたまたま簡単そうな本を見つけたのでやってみた、という程度の動機だ。

 その程度の動機だったが、挫折はせずに家(当時は実家住まい)にあったミシンで糸調子に難渋しながらもそこそこまともなものを縫い、もちろんそれを着て外出した。
 作ったのは、型紙をそのまま使うワンピース1枚とスカート2〜3枚くらいだ。必要な分だけ縫ったら満足してやめてしまったというか、手間がかかって面倒だったからもうこれでいいやとなったんだな。
 それにスカートよりはジーンズの方がずっと身体に馴染むので、スカートをはくこと自体もこれでいいやと思ったのかもしれない。実際、その時期以外はほぼスカートをはいていない。大股ゆえにスカートは歩きにくいのだ。

 うまい具合に糸調子を設定するのが大変だったけれど、ミシンでどんどん縫えるというのは楽しかったように思う。手縫いよりも速いし、だいたいまっすぐに縫えるし、曲がっても手縫いほどひどくないし。
 むしろ型紙に合わせて布を切るのが大変で、最終的には「用途に足りるのであれば線のとおりに切れなくてもいい」と開き直っていた気がする。つまり、端がガタガタでも内側に折り込めればそれでかまわない、ということだ。

 でも、それでもやっぱり、実家を出てからはミシンを買うところまではいかなかった。あればいいなと思うときはあっても、なければないでなんとかした。
 それというのも、時間がかかるうえに中断するのが難しかったからだ。
 布を広げて型紙を置いたら、必要な分をすべて切り終えるまで時間がかかる。糸調子を合わせるのも時間がかかる。縫い合わせる部分をきちんと合わせるのに時間がかかる。実家住まいの狭い自室内ではモノを広げたまま寝るには無理があるから切りのいいところまで終えてしまわないと中断できなかったし、それは実家を出たあとも同じ。

 だから何年か前に母から「ミシンを新調した」と聞いたときは「どうすれば実家に帰ったときにちょっとだけ縫うことができるかな」と考えた。実家にいる間じゅうミシンにかかりきりになるのはいやだ。かといって短期間だけ借りたら借りたで、他の一切を放置してミシンにかかりきりになって生活が荒れるのは必至である。だからミシンは実家に行ったときだけ使うのがよい。というか、絶対そうしなければ。

 で、どうすれば「実家で短時間だけミシン」を実現できるか、いい案が浮かばないままけっこうな時間が経った。縫い物をする必要性が生じなかったせいもある。

 だが昨年の秋、実家に帰った際に「新しいミシンってどういうのなんだろう」とタイミングよく思い出して見せてもらった。

 その結果。
 うちにある ( ゚д゚)


 実家のミシンがうちにある ( ゚д゚)


 ……「使うなら持って行っていいわよ」とは以前、何度か母から云われていた。もちろん前述の理由があるのでそれとは云わずに断っていたのだが、今回は断れなかった。

 「もう使わないから」という言葉が出たのである。

 曰く、元はちょっとしたものを直すときなどに使うつもりだったそうだ。しかし母もそれなりの年齢で、ミシンを出すのが大変だったり、新しいものに慣れるのも難しいのかもしれない。結局、使わないまま何年も経ってしまったそうだ。それで「もうこういったものは必要ない」と判断したとのことで、こんなに明確で納得のいく理由を説明されたら断ることができなかった。
 だって、「もう自分では使わない」けど「まだ使えるもの」を処分するのは大変なのだ。自分の場合でもけっこうな思いきりを必要とするので、高齢の母の場合はもっと精神的にしんどいだろう。しかも物を大事にするのが当たり前の時代に育ち、無意識のうちにいろんなものを長持ちさせてしまうような人なのだ。わたしが子供の頃から目にしていた日常使いの食器(漬物用)が、母が20代の頃に陶器市で買った安物だと知ったときはびっくりした(正月にふと思い出して尋いてみたら、まだ欠けもせずヒビも入らず存在していた)。

 高齢になってから慣習を変えるのは難しい。介護職時代も、行動の基本のひとつは「無理にやり方を変えさせない」だった。
 「こうした方がいいのでは」という提案を拒否されたら食い下がらないのが基本だ。介護の基本は自立支援。ここでいう「自立」とは運動機能だけの話ではなく、自ら決めるという意思決定も含む。だから「させる」なんて論外だ。
 もし変えていただくべき必然性があることであれば、お互いが納得できる落とし所を見つけてうまく提案し、「そっちの方がいいわね」と納得していただかねばならない。事によってはすごく難しいが、それでも無理強いはしない。意見は云わせていただくが。

 介護職として学んだことは親に対しても適用する。まあ、たかが4年程度の介護職経験といえども馬鹿にできないというか、いろいろ身に着いてしまっているというのもある。
 もちろん身内なのでもっと遠慮なく云ってもいいのだろうが、そこは適切であるべきだろう。介護職を経験する前であれば、なんとか理由をつけてミシンを持ち帰らなかったと思う。でも「もう使わない」の裏に「もう自分では使えない」という気持ちがあるかもしれないならば、精神的な負担をなくすのがわたしの役目だ。
 (念のため書いておくと、なんでも譲り受けるわけではない。いらない理由を説明すれば済む場合はそうする。もし今回のような場合でわたしにとってミシンが不要だったならば、いい処分方法を考えて提案し母の納得を待つか、いったん受け取ってひっそりと処分していただろう。介護職は高齢者にひたすら優しくするわけではなくて、瞬時に合理的な結論を導き出して実行するのが仕事だ)

 まあ、そんなわけで、今はとにかく自制するためにどうすればよいのか考えている。とりあえず目の前に編み物があるので多少はましだが、でもちょいと動かし始めたらどうなるか。

 袖が長くて細身のシャツ縫いたいんだよな……