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編み散らかしには向いていない

 あの放置期間はなんだったのか。
 なんとなくほどいたあと、順調にちまちまと編み進めているショール。

 あまりに進みが遅いので「1日のノルマ決めないと駄目だな」とまで思い、でももちろんノルマを決めることすらせず(決めたとしてもまず続かない)、全力でほったらかしにしていたというのに、ここにきて定期的に少しずつ編めている。しかも苦にならない(ということは、これまでは苦になっていたというわけだ)。

 編みたい欲と物欲が同時に高揚したタイミングであれもこれもと立て続けに手を出したもののひとつなのだが、マルチタスクができないというか、できるんだけどやりたくないというか、仕事でマルチタスクを強いられる経験が積み重なると「どれもやっつけ仕事になるしかなくて質が低下するじゃねえか」という非常に不快な気分を思い出してしまう。なのでもう本能的に、同時進行で何かをやるのがいやになっている。
 ただ、介護職時代はマルチタスクというか、何かのついでに何かをやる習性が身に着いたので(巡視のついでに居室のごみを集めるとか、食事介助をしながら食堂全体をみて適切に行動するとか)、必要であればできる。
 つまり「同時にやらないと何か大変なことでも起きるのか?」という状況にならない限り、やらないしやりたくないしやる気が出ない。

 そこで、編みかけぜんぶ並べて「これ同時に進めないと何か大変なことでも起きるのか?」と自分に問うてみれば、イヤなんも起きねっす(;´д`)

 もちろん、どれもローテーションで毎日着実に少しずつ進めていけば、ある時点でこれも完成、あれも完成、と立て続けにいろいろ完成する可能性があるのだが、大変残念なことにわたしはそんな堅実な人間ではなく、かなりの気分屋である。
 その自覚があるのに、……まあ、あれこれ編みたくなっちゃったんだよなあ。血管がブチ切れるような代物相手に長時間労働をする状況が続いて、その反動で休日はひたすら編んでいたので、それで勘違いしたということなのだろう。編むことに集中できていたというより、仕事で蓄積したヘドロを振り払うために編んでいただけなのに。

 いつの間にか編みかけがプレッシャーのようなものに変容していたのだと今では思う。編みたくて編み始めたというのに。

 改めて振り返ってみれば、難しいものと簡単なものと息抜きのもの、この3点が自分にはせいぜいだ。3点セットの内容はたとえば、セーターと靴下とグラニースクエア。
 ここ最近で考えてみると、ショールと靴下(またはあみぐるみ)とドイリー、ということになるだろうか。こう書き出してみると、確かにこのくらいがちょうどよさそうだ。