問題の棒針袋だが、ポケット部分の縫い合わせは手縫いでやることにした。うちのミシンは自動糸調子という機能が備わっているうえ、デニムも縫えるものらしいのだが(家庭用ミシンの進化はすごい)、まだミシンの癖を掴めていないのでうまくやれるか不安がある。
そのうえ、糸と針の太さは布地自体の厚みに合わせるのか、それとも重ねて縫う部分の厚みに合わせるべきなのか判断がつかない。たとえば薄地数枚を重ねてデニムと同じ厚さになったらデニム向きの太さの糸と針にすればいいのか?ということだ。
ミシンの基礎本を読んでみたがわからない。といってもざっと読んだだけなのでまずはしっかり読み込めという話だが、とりあえず今回はもう手縫いでいいやという結論に。墓掃除用の雑巾はちょくちょく手縫いで縫っているので、このくらいならできるのだ。
そんなわけで。
たったこれだけのものを作るのにかなり試行錯誤したという現実が重い。
セーターなどの着るものが編めて、毛布(現在進行中の巨大ブランケット)も編めて、あとは布でシャツやコートが縫えれば老後に訪れる可能性の高い貧乏暮らしでも衣食住の衣だけはなんとかなる!という思いが実はある。
どのくらい貧しく苦しい暮らしになるのかは未知数だが、衣食住でまず優先すべきは食と住。雨風をしのげてきちんと食べられていれば、少なくとも健康を害して医療費が重い負担になることは避けられるだろう、と。
ただし衣がおろそかであればこれまた体調に影響が出る。が、服が買えなくてもシーツでパジャマを縫うとかカーテンでコートが縫えればなんとかなる、という発想が縫い物に本気で取り組もうと思った最初の動機になっている(自分好みの服をつくりたい、というのはその次の動機)。
我ながらとんでもない考えだと思う。が、とにかく住むところと食べるものは自分の努力や工夫でできることに限界があるので優先せざるを得ない。だからそのぶん後回しになる衣について、自作する技術を身に着けようとしているわけだ。
現に靴下を自分で編むようになってから買った市販の靴下は、葬式用の黒い靴下だけである(持っていた黒い靴下が毛玉だらけでみっともなかったので)。しかし今は手元に黒いソックヤーンがあるので、そのうち冠婚葬祭用に1組くらい編んでおくかと思う。もはや無地の靴下を難しいとは思わない。30組も編んだのだからいいかげん「まあ難しくはないよ」くらい云ってのけるのが筋だ。
なのにこの単純な袋にどれだけ苦労してんだオマエは、という話だが、少なくとも自分にとってはなかなか立派な代物だ。考えた通りにできただけでもうすごい。この程度でひどくご満悦なんだからなんともお目出度いというか。まあいいや。
「こうしたい」がかたちになることが自分には重要なのだと改めて実感した。最初に編んだセーターだって、前身頃とうしろ身頃がつながっただけでかなり感動した。すげえ、着れるよこれ、と。細部にいろいろ気になる部分はあるけれど、袖もついててまるでセーターだ。っていうかセーターだよ。
ともあれ棒針袋はまだ何枚か平たい布状態のが残っているし、数も足りないので今後も淡々と作っていくとしよう。太さや号数を袋にどう明記するかは検討中なので、そこもなんとかしなければ。
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