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沼に溺れて開き直る

 既にレース編み(クロッシェレース)にのめり込んでいるのは明白だが。
 最近、モチーフ編みにも惹かれつつある。その発端は先日の季節外れのクリスマス仕様のモチーフ。
 モチーフというと「きれい」というより「かわいい」という印象のものが目につくため関心の持ちようがなく、モチーフをつないだセーター等に至っては個人的には論外の代物。
 そんな趣味嗜好なのに、よく考えると2〜3年前にグラニースクエアを編んでいた。そういえばあれは他の編み物の息抜きのためだけに編み(ちょっとした娯楽という面もある)、それなりの数になったのでつなげて作った袋物は「いっそクソださいものにしてしまえ」というのが動機だったな。あまりに野暮ったすぎるので却ってクールに見えるという不思議なことになったが、冷静に見ればやっぱり野暮ったい。
 なのにふと、モチーフというのはレース編みのドイリーみたいなものではないか、と気がついてしまった。編み方や構造に特別な違いがあるわけでもなく、レース糸を使うか使わないかだけの違いだ。
 うっかり60番レース糸でドイリーを編んで痛い目をみたが、そのおかげでもう金票40番の細さに呻吟することはなく、しかもまた60番で編みたいなどというまるでマゾな心持ちになっている。それはつまり、おもしろいかたちを編むのが心底好きなのだろう。なので似たかたちのモチーフにも興味が向くのは驚くべきことではない。

 というわけで、毛糸ではなくエミーグランデで編めばいいじゃんとかなんとかかんとか、遂にはモチーフ編み集に手を出してしまった。
 なんだよ300って。まさかぜんぶ編むつもりか。……レースより簡単だろうから300は楽勝だろうと思ったのは事実なので、ぜんぶ編んでも不思議ではない。というか、自分ならやりかねない。
 ともあれもちろん、こういうものを繋ぎ合わせて服だの鞄だのを作りたいとは思わない。ただただ、このかたちを編みたい。編んでどうするって、どうもしない。編むことが目的。そういえばモチーフ用の箱を探さなければ。でっかいやつ。

 気楽に編むならエミーグランデ(20番レース糸)より太い糸がいいのだろうか。いや、自分の技量が20番くらいなら楽勝っていうレベルになればいいのか? それなりに編んだけれど、いま楽勝なのかなあ……わからんな。そうだ、この本のモチーフ編んで確認しよう。

 現時点で自分が編みやすい太さとして認識しているのはソックヤーンくらいの太さなので、ハマナカのピッコロなら手軽な値段だし、52色セットとかあると色替えで遊べるしいいかな、などと非常に危険なことを考えたりしている。手頃な価格でも52個もあれば総額は1万超えだぞ。冷静にならないと。
 他方、はじめからレース糸より太いものを使うのではなくて、工業糸と呼ばれる細くておもしろい糸を何本か引き揃えればいいのかなとも思ったりする。東京店が開店したときから行きたいと思っていたのに、明確な目的がないため未だに行けないでいるニッティングバードに行くいい機会ではないか。

 などとうわごとをほざく始末。
 わざわざ出かけなくても手元にエミーグランデや金票40番があるんだからそれを使えば済む話だ。糸はなくなってから調達すればいい。それにオリムパスのレース糸は色数豊富だ。なんならもっと色数の多い刺繍糸という選択肢もある。しかも一般的な刺繍で使う25番刺繍糸は6本どりなので、太さの調整も自由にできるという利点がある。

 いやちょっと待て、なんだか妙な方向に道を踏み外しかけている気がしてきた……

 詭弁を弄するのがうまいというか、言い訳がうまいというか。合理的にみえる論理を組み立てていかにもまっとうな話だと自分を納得させてしまう癖をどうにかしたい。まあ、そういう癖をわかっているから常に自己検閲をしそれなりに自制できているわけだが。それなりに。

 いちばん気をつけるべきは、モチーフ本が増えすぎないようにすることだ。
 と書いている今の時点で既に2冊のモチーフ本の到着待ちである。「モチーフおもしろいかも」と思って数日でこの有り様。糸は我慢できるのにデザインは我慢できない。いろんなものを見たいという欲望は自制不能な本能なのでどうにもできない。そんなことができれば本もレコードもずっと少なくて済む人生だったはずだ。
 本もレコードも既に自制を諦めている。なので、まあ、レースやモチーフの本が増えるのも気が済むまでやらせておくしかないだろう。息抜きと称してちょっとしたものを編むのも止めるのはたぶん無理。

 つまり、どう考えてもこれはモチーフも含めたレース沼にダイブしてふなっしーばりの奇声をあげながら激しくばしゃばしゃやっているようなものである。いや、ような、じゃなくて、現実か。