編集

賭け

 歴史を知れば知るほど、「この時にこうしていれば」とつい思ってしまう。考えてもどうしようもないことだし、わたしが生まれるより前のことだから何かができたはずもないのだが。しかし、何もできないし今更どうにもならないからこそ、悔しさに似たものが「この時にこうしていれば」という思いとして現れるのかもしれない。「この時にこうしていれば、未来である現在はこうだったかもしれない」と。

 だから、「襟ぐりの伏せ目をかぎ針でやっていれば、目がきつくならずに済んだかもしれない」という思いをどうにかしたい。これは生まれる前の出来事ではなく、今現在の自分がやらかしたことなのだ。少なくとも、何もできないわけではない。
 右から左に向かって進んでいるうしろ身頃の伏せ目を、逆方向に進むかたちでやり直せないだろうか。
 糸をつけた方から頑張ってほどき、裏を見ながら伏せていくのは、ほどくことさえできれば不可能ではないような気がする。ただ、目をかぶせる向きが変わるので、それがどう編み地というか仕上がったときにどうなるか。

 わからないので、記念すべき着るもの第一号のセーターの襟を見てみる。
 極太ウールの編み地最高……このしっかりした感じがたまらない。
 それはともかく、よーく襟元を見てみると。
 表には伏せ目部分は出てこない。内側ではどうなっているかな。
 伏せた目が見えているので、ここが逆走すると逆向きになるのだろう。
 一周ぐるりとこの向きになっているならまた思案のしどころだが、前身頃の襟の両脇は下から上に向かって編んでいるため、拾った目の方向は左右で同じになる。だから一周のなかで方向が変わることはある。ならば、うしろ身頃の襟が逆に進んでいても許容範囲内ではないか。
 あとは、編み始めの方からほどけるかだな……

 と、いろいろ思案したものの、結局やり直さないことにした。
 伏せ目がきついといっても、ぱっと見でゲッと思うほどひどいきつさではないし、同じく伏せ目がきつくなったスワッチ(ネットに入れて洗濯機で洗ったやつ)を触った感じでは特に問題はないように思える。
 ここでまた本に載っていない妙なことをしでかすよりも、早く完成させた方がよいのではないか。だって少しずつ気温は下がってきているし、もうすぐ9月だし。
 もし無事に父が着られるものに仕上がって、首のうしろに違和感があると云われたら、そのときに直そう。いま伏せ目を直すのより大変になりそうだがそれはしょうがない。

 2分の1の確率に賭けるというのは自分らしくないのだが、そもそもこの半袖プルオーバー自体が賭けみたいなものなので(父が着られるかどうかわからないし、着られなかったら自分のパジャマにする)、まあ、とにかくこれから袖を編もう。
 編み図の指定通りの大きさになったけれど、これが父に合うサイズなのかは実は不明だ。太りすぎでも痩せすぎでもないので、いけると思うがさてどうだろう。