編み始める前に大いに悩む、というのは棒針編みに限った話ではない。
これから編むブランケットはアフガン編みなので、編み始める前に編み方での試行錯誤があった。
のだが、それ以前にというかなんというか、編み針でも試行錯誤があった。
作者はグリップつきのかぎ針で編んだようで、指定は4.5mmのかぎ針。当然、うちにも同じサイズのグリップなしのかぎ針がある。だからもちろんそれで編んでみた。
が、どうにも編みにくい。
かぎ針を使うので、自然といつものようにペンを持つような持ち方で編んでみた。
しかしこの持ち方では、かぎ針に複数の目がかかると非常に編みにくかった。
なのでナイフ持ちに代えてみた。
わたしがこの持ち方でかぎ針編みをするのは、きつく編むときだけである。毛糸のかごをきっちりかっちり編むときに、力の入れやすいナイフ持ちに自然に変わる。逆に云うと、意識的に変えることができない。身体が反射的に持ち方を変えるというわけだ。
身体が「力を入れるときの持ち方」と定義づけている持ち方で、力が入らない編み方を試みた結果、手の動かし方自体がわからなくなった。ちょっと呆然とした。大丈夫か、自分……。それでもどうにか頑張ってナイフ持ちを維持しようとする。でも腕の変なところがなんだか痛くなってくる。
なんとかやり遂げた試し編みは、これが自分の自然なゲージなのか怪しい。頑張ったけれどいろいろ疑わしい。それに腕が痛くなるように編み方を続けるわけにもいかない。
作者と同じようにグリップつきのかぎ針を使えば違うだろうか、とも考えたが、そもそもアフガン編みなのでアフガン編み用の編み針を使えばいいじゃないか。
うちにあるアフガン編みの編み針は、母から譲り受けたジャンボ針と、フェリシモのサンプラーのキットについていた(別売りのものを買ったかもしれない)少し太めのものである。
そう、過去に一度、アフガン編みを編んだことがあるのだ。ずっと昔なので編み方はまったく覚えていないけれど、編みにくいと思った記憶はない。ということは、かぎ針よりも長いアフガン編み用の編み針ならうまくいくんじゃなかろうか。
というのが仕事が忙しくなる前の話。試しにアフガン編みの編み針で試し編みをしようとしたところで長時間労働状態になったので、試せないまま日が過ぎた。でもアフガン編み用を使えばうまくいくという予感はあったので、休日にサンキに探しに行こう、と思ったけれど気力が出ず、最終的にはAmazonに頼るしかなかった。
で、ようやく着手できる状態になってアフガン編み針(竹製)を開封したら、かぎ付近にささくれ……。
ハマナカだから間違いないと思ったのに、まさかのささくれ。
次から次へと障害が生じて少しうんざりしたが、どうにかするしかない。やすりで削ってどうにかした。
やっと指定の4.5mm(8号)のアフガン編み針で編んでみたところ、持ち方は自然にナイフ持ちになりまあまあ編みやすい。慣れてきたら、最初にかぎ針で試したときとは段違いの編みやすさである。が、指定ゲージよりもきつかった……。
それで今度はもともと持っていた竹製のアフガン編み針(10号なので5.1mm)に替えてみたら、まあまあいい感じだが少し編みにくいような?
いつまでやるんだこれ。
と思いつつも次に試したのは、8/0号(5.0mm)の金属製かぎ針。金属製なら滑りがよいのて編みやすさが変わるのではないかと考えた。
問題は「かぎ針だからペンのような持ち方」になってしまわないかだったが、アフガン編み針で持ち方を癖付けしたので今度はうまくいった。人間の脳や身体というのは本当におもしろいもので、うまい具合に錯覚させると、できないことができたりする。「アフガン編みの編み方はこの持ち方だと編める」という錯覚が、「かぎ針はこの持ち方」という定義をごまかした、というわけだ。
結果は上々。ゲージも許容範囲内におさまった。やっとである。
……今回ばかりは編み方を覚えるのが大変なだけで済むと思ったのに、編み針で試行錯誤するとは思ってもみなかった。
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